乱視用ICLは、眼の中でレンズが回転することがあると学会の情報でも説明されています。乱視用レンズは乱視の軸に合わせて作られているため、回転すると乱視の矯正効果が弱くなる場合があります。その際はレンズを本来の位置に戻す整復術などが検討されます。
この記事では、回転が起こる理由、見え方への影響、受診の目安を、公開されている情報に基づいて整理します。
乱視用ICLは「ずれる」ことがある?
日本白内障屈折矯正手術学会(JSCRS)は、ICLの合併症を解説するページで「乱視矯正ICLの回転」を項目として挙げています。そこでは「ICLは眼内で炎症や癒着をおこさないなど、生体適合性が高いことが長所ですが、それが故に術後にICLが眼内で回転してしまうことがあります」と説明されています。
つまり、回転が起こりうること自体は、まれな想定外の事故ではなく、乱視用ICLの性質として説明されている事柄です。
「ずれる」と「回転」は同じことを指しているのか
乱視用ICLについて「ずれる」という言葉がよく使われますが、乱視用ICLで問題になるのは主にレンズが向きを変える「回転」です。乱視用レンズは乱視の軸に合わせた設計になっているため、向きが変わると矯正の効果に影響します。
一方、レンズが固定位置から外れてしまう「脱臼」という状態も説明されており、これは主に外から強い力が加わった場合に起こるとされています(後述します)。同じ「ずれる」でも、想定されている状況が異なります。
なぜ乱視用レンズは回転すると影響が出るのか
乱視の軸とレンズの向きの関係
JSCRSは「乱視には乱視軸と呼ばれる方向があります。乱視矯正ICLは患者さん毎の乱視軸に合わせて、作成されたものです」と説明しています。
乱視は、ぼやけ方に方向がある状態です。そのため乱視用レンズは、その方向を打ち消すように設計され、決められた向きで目の中に置かれます。この向きがずれると、打ち消すはずの方向と実際の乱視の方向が合わなくなり、矯正の効果が落ちていきます。
この「決められた向き」は感覚的なものではありません。現在主流のホールICL、販売名「KSアクアポート」の添付文書(2025年5月 第11版、2026年8月8日確認)は、乱視用モデルの手術手順として、術前にスリットランプ等を用いて角膜の水平部(0°、180°)をマーキングし、そのマーキングを基準に計算された角度へレンズを回転させること、その際「回転が必要な場合は±22.5°までとすること」を記載しています。粘弾性物質を吸引した後に「レンズの円柱軸角度が正しく挿入されているかを再度確認すること」とも記されています。
つまり乱視用ICLは、角度を計算して合わせ込む手術です。だからこそ、術後にその角度が変わると影響が出ます。
通常のICLでは問題にならない理由
JSCRSは「乱視矯正なしのICLであれば問題ありませんが、乱視矯正ICLの場合は回転してしまうと乱視矯正効果が弱くなってしまいます」としています。近視だけを矯正するレンズは向きによって効果が変わらないため、回転しても矯正に影響しません。回転が問題になるのは乱視用レンズに特有の論点だといえます。
乱視用ICL(眼内コンタクトレンズ)の回転はどのくらいの確率で起こるのか
「ずれる確率」を知りたい方が多い部分ですが、ここは正直にお伝えします。
JSCRSが一般向けに公開しているICLの合併症のページには、乱視矯正ICL(眼内コンタクトレンズ)の回転について頻度や確率の数値は記載されていません。回転が「稀にあります」という表現で説明されているのみです(2026年8月8日確認)。
参考までに、同じページでは白内障について「中心部に孔が無い以前のモデルのICLでは、1.1〜5.9%の白内障が起こると報告されていますが、中心部に孔がある現在主流のホールICLでは(中略)0.49%と非常に低くなっている」、術後感染症について「6000眼に1例ほどの割合」と、具体的な数値が示されている項目もあります。回転についてはそうした数値が示されていない、という状態です。
承認申請時の臨床試験には数値がある
現在主流のホールICL、販売名「KSアクアポート」の添付文書(2025年5月 第11版、2026年8月8日確認)にも、回転の頻度を示す臨床成績の記載はありません。
数値が確認できるのは、孔のない世代の製品である販売名「アイシーエル」の添付文書(2025年3月 第10版、2026年8月8日確認)です。その【臨床成績】には、乱視用モデルTICMの試験結果として回転量が記載されています。
全術後観察期間を通しての平均レンズ回転量(絶対値)は0.5°~1.1°であり、30°以上のレンズ回転を生じた例はなかった。
この試験の条件は次のとおりです。
| 対象レンズ | モデルTICM(近視性乱視用) |
| 実施場所・規模 | 米国7施設、124名210眼(評価可能194眼) |
| 実施時期 | 2002年1月〜2006年6月 |
| 主な結果 | 術後12か月で184眼(95.3%)が20/40、158眼(81.9%)が20/20を達成 |
ただし、この数値をそのまま現在の手術に当てはめることはできません。対象となったモデルTICMは中心部に孔のない世代のレンズであり、JSCRSが「現在主流」と述べているホールICLとは別の製品です。試験の実施も2002年から2006年にかけてのものです。
「30°以上の回転はなかった」という結果は、当時の試験の範囲で確認された事実であって、回転が起こらないことを保証するものではありません。実際、現在主流のホールICLの添付文書でも、【不具合・有害事象】に「レンズ偏位/回転」「レンズ脱臼」「乱視増加」が挙げられています。
つまり、回転は起こりうる事象として現行製品でも記載されている一方、その頻度を示す数値は現行製品の公開情報からは確認できない、というのが2026年8月8日時点の状況です。
数値を目にしたときの見方
回転率を数値で示している情報を見かけることがありますが、その場合は次の点を確認することをおすすめします。
- どのレンズを対象にした報告か(レンズの世代・型によって結果が異なります)
- 何眼を対象にした報告か
- どのくらいの期間追跡した結果か
- 「何度以上の回転」を回転として数えているか
当サイトでは、出典と条件を特定できない数値は記載しない方針をとっています。詳しくは編集方針をご覧ください。
乱視用ICLが回転したときの見え方と気づき方
JSCRSは、乱視矯正ICLが回転した場合について「乱視矯正能が低下し、見えづらくなることがあります」と説明しています。乱視の矯正が効きにくくなるため、乱視が残っている状態に近い見え方になると考えられます。
ただし、ご自身で「レンズの向きがずれた」と判断することはできません。見えにくさの原因は回転だけではなく、もともと矯正しきれない乱視が残っている場合や、術後の経過による一時的な変化なども考えられます。原因の切り分けについてはICL手術後に乱視が残ることはある?ぼやける・悪化したと感じる原因で整理しています。見え方だけで原因を特定することは困難です。
JSCRSは術後の定期検査について「視力だけではなく、眼圧やレンズの位置、眼内の炎症や点眼薬に対する反応、などのチェックが必要なのです」と述べており、「見えているから問題なし」という訳ではないとしています。乱視用レンズの場合は、この確認にレンズの向きも含まれることになります。
乱視用ICLの回転が確認されたときの対応
まず整復術が検討される
JSCRSは「この場合、まず最初にICLの位置を元に戻す整復術を行う事が多いです」と説明しています。レンズを入れ替えるのではなく、向きを本来の位置に戻す処置です。
繰り返す場合はサイズの大きいレンズへ
整復しても再び回転する場合について、JSCRSは「サイズの大きいICLに入れ替えて回転しづらくする方法があります」としています。別のページでは「整復手術を行っても、回転してしまう場合はICLのサイズを大きくしたもので入れ替える手術が必要になることがあります」とも説明されています。
| 状況 | 説明されている対応 |
|---|---|
| 回転により乱視矯正の効果が弱まった | まずレンズの位置を元に戻す整復術が行われることが多い |
| 整復しても回転を繰り返す | サイズの大きいICLへの入れ替えが検討される |
| 強い打撲で固定位置から外れた(脱臼) | 速やかな整復手術が必要とされる |
実際にどの対応がとられるか、その費用が保証に含まれるかは、状態と医療機関によって異なります。手術を受ける前に、回転した場合の対応方針と保証の範囲を確認しておくことをおすすめします。
打撲による眼内レンズの脱臼
回転とは別に、JSCRSは「ICL術後に強く目を打撲すると、ICLが固定位置から外れて脱臼することがあります。この場合は、速やかにICLの整復手術が必要となります」と説明し、「ICL手術後で目を強く打撲した場合は、念のため診察を受けることをお勧めします」としています。
目を強くぶつけた場合は、見え方に変化がなくても受診を検討してください。
医療機関受診の目安
術後に見え方の変化を感じた場合、その原因を自己判断せず、手術を受けた医療機関にご相談ください。とくに次のような場合は、定期検査を待たずに連絡することを検討してください。
- 見え方が急に変化した、または悪化が続いている
- 痛み、強い充血、急な視力の低下がある
- 目を強くぶつけた
当サイトは医療機関ではないため、個別の症状について緊急性の有無を判断することはできません。判断は受診先の医師にゆだねてください。
まとめ
- 乱視用ICLは眼内で回転することがあると学会の情報でも説明されている
- 回転すると乱視の矯正効果が弱まる場合がある。近視だけを矯正するレンズでは問題にならない
- 学会の一般向けページに回転の頻度を示す数値はないが、添付文書の臨床成績には平均回転量0.5°〜1.1°、30°以上の回転はなかったとの記載がある
- ただしその試験は孔のない世代のレンズを対象とした2002〜2006年のもので、現在主流のホールICLの成績ではない
- 対応としては、まず整復術、繰り返す場合はサイズの大きいレンズへの入れ替えが説明されている
- 見え方だけで原因は特定できないため、変化を感じたら受診して確認する
手術前の段階でこの点を検討されている場合は、乱視用ICL全体の仕組みと適応をICLは乱視でもできる?眼内コンタクトレンズで乱視を矯正する仕組み・適応を解説で確認したうえで、受診先に回転時の対応方針を質問することをおすすめします。
参照した情報源
- 医薬品医療機器総合機構(PMDA)公開 添付文書「KSアクアポート」承認番号22600BZX00085000、2025年5月 第11版(2026年8月8日確認)
- 医薬品医療機器総合機構(PMDA)公開 添付文書「アイシーエル」承認番号22200BZY00001000、2025年3月 第10版(2026年8月8日確認)
- 日本白内障屈折矯正手術学会(JSCRS)「ICLの合併症」(2026年8月8日確認)
- 日本白内障屈折矯正手術学会(JSCRS)「ICLを考えている方へ」(2026年8月8日確認)
